2024.6.17
研修を企画する人事の皆さんにとって、喜びや、やりがいを感じるのはどんな時でしょうか。
例えば、「ある層のリーダーシップ開発」というテーマで研修計画を立て、具体的な内容を設計し、各所に調整の上、実施決定する。参加者に案内文を送付し、直前のリマインド、また参加者事情による急な変更にも対応するなど、様々なタスクを片付け、迎えた研修初日。チェックインの参加者コメントで、「今とても忙しい。仕事のことが頭を離れず、正直心ここにあらず」「上司から参加するようと言われたので、とりあえず来ました」といった率直すぎる言葉を聞き、事務局が苦笑する。そんな光景を目にすることが時々あります。
もちろん事務局側も、参加者が日常業務の時間をやりくりして、場に参加していることは百も承知です。だからこそ、参加者がいかに早く「学びのスイッチ」を入れ、自部署に多くの「おみやげ」を持ち帰り、チームで活用できるか。できるだけ効率よく、効果につながる行動変容を起こし、成果へとつなげていくことは、組織と現場の双方から期待されていると言えるでしょう。いわゆる研修転移(Transfer of Learning)とは、研修で学んだ内容が、現場で実践され、成果を上げることとされます(*1)。ただ、成果が出るまでには時間を要するため、実際の現場においては、カークパトリックの4段階評価法(*2)でいう3つめ、「行動」の変容が重要だと考えています。
では、限られた時間で、職場での行動変容を促す機会とするために、必要なことは何でしょうか。
研修には、それぞれプレ(研修前)、デリバリー(研修実施)、ポスト(研修後)の3つのフェーズがあります。クライアントとのミーティングで話題の中心となるのは、デリバリーとポストのお話が多いです。そこで今回は、意外な盲点かもしれない、プレ・フェーズの3つのポイントについて、中原淳先生の文献を参考にしながら考えてみたいと思います。
ポイント1:「参加者の上司」への目的共有ができているか?
通常、研修前には、人事など事務局から、参加者宛に参加案内が出されます。そこには、実施日、研修の内容といった研修概要や、持ち物、集合時間・場所、また事前課題の有無や事務局連絡先といった、参加者が迷いなく安心して当日を迎えられるような基本情報が過不足なく記載されていることでしょう。一方、参加者以外に対する案内、具体的には、「参加者の上司」に対する、当該研修の目的や参加者に求めるゴール状態は、どこまで詳細に共有されているでしょうか。中原先生は、「研修転移のカギを握るのは、現場マネジャーである」と指摘しています。そしてその理由は、次に述べるポイント2を起こすためには、現場マネジャーが、部下の参加する研修の目的を理解しておくことが必須だからです。
ポイント2:参加者が「自分が参加する意味」を理解しているか?
参加者は、事前の案内文から、自分が参加対象であること、そして具体的な研修に関する情報をメインで理解します。もちろん案内文の中で研修目的は述べられているでしょうが、それを自分ごと化する、また自分にとって意味のある場だと腑に落とすためには、直属上司のサポートが必要となるケースは多いでしょう。特に手あげ式ではない研修の場合は、本人の中の意味付けが起こりづらく、このサポートは必須ではないでしょうか。
サポートにあたっては、上司からOne On Oneの場で、現場や本人の開発能力と紐づけるような形で研修目的を伝えることが望ましいと考えます。研修で学べることが、自身の成長や望んでいるキャリアの実現につながる。その見通しをもって会場に着いた参加者と、このサポートがないままの参加者では、研修初日の立ち上がりが全く異なることは、多くのモジュールオブザーブで見て取れます。また中原先生は、この共有があることによって、研修後、現場に戻ってきた参加者に対するマネジャーの関わり、具体的には、声かけや研修内容との矛盾がないことが、研修転移にとっては、非常に重要であるとおっしゃっています。
ポイント3:参加者が「組織からの期待」を感じられているか?
最後に、参加者の意欲をより高め、学びの場を整える効果のある事前の打ち手として、参加者に対して、「組織からの期待を明確に伝える」という方法があります。特に弊社の研修は、リーダーシップやマネジメントなど、個々人の能力開発だけにとどまらず、チームや組織全体のパフォーマンス向上や目標達成につながる広がりを持った研修です。そのため、「あなたの成長が会社の成長につながる。そんな期待があるからこそ、この機会をあなたに用意したのだ」というメッセージは、強く参加者に響くと感じています。この期待の伝え方は、前述の上司とのOne On Oneにて事前に伝える方法もありますし、研修の最初のコンテンツとしてデザインすることも可能です。弊社では、このセッションを「EMPATHY CULTIVATING TALK」と呼んでいます。
このセッションでは、役員や部門長に登壇していただき、事業や自部署が目指す未来への念い、それを実現するメンバーへの期待を直接伝える機会を持ちます。そして、時間の許す限り、上位職と参加者との対話の場を持ちます。組織からの役割としての期待を一方的に伝えるだけではなく、互いの視野視座に対する認知的共感を育み、対話を通じて、今回の能力開発の目的を改めて体感理解する場として、機能していると自負しています。
以上が、研修後、職場での行動変容を後押しするため、重要だと考える3つのポイントです。どれも言われてみれば、その通りだと感じる内容です。しかし実際の準備においては、どうしても参加者に対する実務的なアプローチがメインとなりがちだとも自社内での研修準備等を見ていても感じます。
逆に、これらのポイントを押さえたことが功を奏したケースとして、先日ある人事役員の方から伺った話を最後に紹介させてください。
参加者が、研修後にこの役員の方のところにやってきて「私にあの研修の機会をくださり、ありがとうございます。こんなことを学び、今まさに実践している最中です。組織の期待に応えたい」と感謝とコミットメントを伝えてくれたそうです。また、彼の直属の上司からも、「以前と比べて行動が大きく変わり、そのことがチーム全体に対して非常に好影響を与えている」という喜びの声が人事宛に届いたとのことです。今回考察したポイントが、参加者の能動的な研修参加と機会活用、そしてそれらを自部署に還元する行動変容をより多く起こすヒントになれば幸いです。
参考文献:
・*1 中原淳(2023)『人材開発・組織開発コンサルティング』、ダイヤモンド社
・*2 日本の人事部,「カークパトリックの4段階評価法」https://jinjibu.jp/keyword/detl/1549/
・中原淳, 関根雅泰, 島村公俊, 林博之(2022)『研修開発入門 「研修評価」の教科書 「数字」と「物語」で経営・現場を変える』
(Written by Coco, Client Partner)
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