2024.3.26
研修参加直後には、「いい研修だったな」「いいことを学んだな」と感じていても、時間が経つにつれて記憶が薄れ、やがて何を学んだのか、思い出せない。こんな話を聞くことはありませんか。ビジネスパーソンを対象としたある調査で、これまで受けた研修で覚えている内容を尋ねたところ、「全く内容を覚えていない」「あまり覚えていない」という回答が約8割だったという報告もあります(*1)。社員の能力開発のため、研修を企画する人事・人材開発ご担当者にとっては、なかなかショッキングな調査結果だと感じます。
ハードスキルとソフトスキル
そもそも研修で伸ばそうとするスキルには、大別すると2つの種類があると考えます。ひとつはハードスキル、もう一つはソフトスキルです。ハードスキルとは、仕事で必要となる専門知識や特定の技術を指します。例えば、言語や簿記、プログラミング知識などが該当します。これらは、検定や資格試験があることからわかるように、座学で学び、その知識の習得をある程度測ることができます。
一方、ソフトスキルは、仕事を進めるうえでベースとなるようなスキルです。例えば、リーダーシップやコミュニケーション、チームマネジメントなどが該当します。ある意味、汎用的と言えるこれらのスキルは、異動して属するチームや職種が変わっても発揮できる、組織を底上げしうるものです。しかし、「ソフト」であるがゆえ、スキルの見える化が難しく、人とのかかわりのなかで経験し、そこから学んだことを実践するというプロセスが必要となるため、習得には時間も要します。
もちろん、ハード・ソフトどちらも必要なスキルです。しかし、人事・人材開発ご担当者の本音としては、仕事を効果的に進め、成果を上げるために不可欠な上記ソフトスキルを、できるだけ早く効率的に社員に高めてほしい。しかし、研修効果という意味で「受講後、試験合格者〇%アップ!」といった具体的な数値での効果測定がしづらく、これらソフトスキルへ積極投資を推し進めることが難しい、そんなジレンマもしばしば耳にします。
ソフトスキル開発のキー「情動記憶」
私たちが提供するのは、リーダーシップ、マネジメント能力といった、ソフトスキル能力開発の機会です。見えづらく測りづらい、これら能力ですが、確かにそれらがあるとチームが機能すると感じる。逆もしかり。そしてこれらスキル開発において、私たちは「情動記憶」がキーになると考えています。情動記憶とは、感情を伴った記憶のことです。ひとつの事例を共有させてください。
あるクライアントの役員は、20年前に受けた弊社リーダーシップ研修を今も鮮明に覚えている、と言います。受講したのは、この方が30代前半、中堅社員と呼ばれる世代の頃。2泊3日の宿泊型研修で、複数のプロジェクトを積み重ね、最後は日をまたいでゴール達成を目指すものでした。この最終ビックプロジェクトのリーダーとなったその方は、メンバーの対立や、あちこちで迫るタイムリミットなど、プレッシャーのかかる状況に置かれたと言います。うまくチームが動かず、あちらこちらで小プロジェクトが失敗するなど、達成への道筋が全く見えず、リーダーとして焦り、頭の中が真っ白になった。どん底に落とされたような気持ちすら覚えたそうです。それでもあきらめず、戦略を前に進めようと何度も仲間に働きかけ、真剣にプロジェクトに取り組んだと言います。夜半に及ぶ作戦会議を経て、最終日に各々が役割を果たし、プロジェクトの達成が宣言された時、皆が涙し喜びを爆発させた。その感覚が忘れられない、と言います。
この経験は、その方の管理職としてのキャリアにも大きな影響を与えたそうです。いまでもお会いするたびに、20年前の研修での具体的な出来事やその時のメンバー発言なども交えながら、ご自身が大切にしているリーダーシップについて、熱く語ってくださいます。また役員となった今、直属の部下だけではなく、中堅層全員にぜひこの経験の場を提供したい、と感じてくださっているとも。この方のお話を伺うたび、感情を伴った記憶、そしてその記憶に結びついた学びの定着の強さを実感します。これは、坂井伸一郎氏の提唱する「スティッキーラーニング」(*2)を思い起こさせるものです。
スティッキーラーニングは、「新しい知識は、過去の経験と結びつけながら、繰り返して体得できるよう、絞って伝えて反復する(ことで身につく)」学習メソッドです。その前提には、「私たちが五感を通して情報を受け取ること」、そして「感情を伴う記憶が長く持続すること」が述べられています。また「繰り返し脳に刺激を与えることで、記憶が定着していく」という点も、プロジェクトとレビュー(内省と対話)を繰り返す、私たちの研修デザインの意図と合致している点です。
感情を揺さぶり、学びを刻み込むための場づくりのこだわり
では、感情を揺さぶり、学びを記憶に残すため、コーディネーターとして私が意識しているのはなにか。それは、「i3(アイキューブ)」という観点です。これは3つのiから始まる要素で、inspiration(創造性を刺激する、奮い立たせる)、interaction(相互作用を引き起こす)、internalization(気づきを学びに転換する)の3つを指します。講師が一方的にレクチャーをし、参加者が受動的に参加するスタイルではなく、双方向性に富んだやり取りを通じて、参加者間での気づきやひらめきが生まれ、その学びが「腑に落ち」、参加者自身の血肉になる。そんな場を作りだしていくべく、資材の設定でも、参加者との交流においても工夫を重ねています。
これらのこだわりと取り組みが、先述の元参加者の役員の方から頂いた「受講直後に受けてよかったと感じる研修は山ほどあるが、これだけ長く、記憶として定着している研修は他にはない」というお言葉につながっているのではないかと、ひそかに自負しています。そうして、参加者の記憶に刻み込まれた学びが、職場に戻ってからの様々な試行錯誤を生み、そこから成果が生まれる。そんな無形だけれども、重要な資産が、参加者ひとり一人にも、組織にも蓄積されていると確かに感じられる。ここに、この仕事のやりがいを感じます。
10、20年以上前の参加者が「あの日、あの時の出来事を鮮やかに記憶している」と語る研修。それを提供していることを誇りに感じるとともに、これからもi3あふれる研修の場づくりを行っていきたいと考えています。
参考:
*1株式会社EdWorks「企業研修に関する実態調査」https://ed-works.co.jp/research/20230401
*2坂井伸一郎(2020)「残念な部下を戦力にする方法」.フォレスト出版
(Written by Yasu, Master Coordinator)
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