2022.10.18
「今からロープ1本を頼りにビルの屋上から壁伝いに降りてください」
そう言われたら、あなたはどんな気持ちになりますか?
インパクトではそんなアクティビティ「アブセイル」があります。今年、私がファシリテーターとして実施したシニア社員向けのシニアのキャリアデザイン研修でも行いました。
人生経験豊富なシニアの参加者も、さすがに緊張したりしり込みしたりするようです。実際には、ロープに体を預けて空中に身を乗り出す恐怖に打ち勝ちさえすれば、楽しんで下降することができます。しかし、順番を待つ間に緊張が高まり、いざ実施となるとあまりの怖さでサポートスタッフの声が耳に入らなくなり下降体制がうまく取れず、かえって恐怖感が増してしまう参加者もいました。
どんなに経験豊富な人でも、恐怖感が伴う初めてのことにチャレンジするのは勇気のいること。リスクを考えるとなかなか踏み出せないのは当然です。
それはシニアのキャリア形成についても同様です。若いうちは転職という形でキャリアを積み重ねることも可能でしょう。しかし、よほど明確なビジョンがない限り、これまでの延長、つまり再雇用などの形で65歳や70歳まで働くという選択をするのではないでしょうか。私自身も65歳を目前にし「やりたいことはある」のだけれども本当にそれを選択していいのか、この先どうしたらよいのだろうと悩んでいる現実があります。
プログラム中も「再雇用で給料激減、でもやる仕事は同じ」とぼやく参加者がいらっしゃいました。「直近の仕事はあるしスキルの伝承もしなければならない」のでこの先5年後のキャリアプランを描く意識にならないのです。
逆に不安を抱えている参加者もいらっしゃいました。定年まで何年かはあるが、まだお子様が高校生で今後の教育資金や住宅ローンのことで精いっぱい。
終身雇用が当たり前で退職金と年金で気ままな老後生活が保障されていた時代が終わってしまった今。キャリアを会社に預けず自分の手元に戻し、様々な環境変化に対応していく時代の始まりだと言えます。
問題は、すべてのシニアがすぐに今後の業務でのキャリアを描けるかというとなかなか難しいことです。その最初の一歩を促すには、人によっては人事や上司からの支援が必要になるでしょう。
ではどんな支援が効果的なのでしょうか。ここでは3つご紹介したいと思います。
1つ目は、自分自身を丁寧に振り返る機会の提供です。「やりたいことからの逆算」と「できることからの積算」のバランスの模索とも言えるでしょう。
具体的には、これまでの社会人生活での出来事を時間軸で振り返るLIFE-LINE CHART(下図)を作成することをおすすめします。入社時から現在までのモチベーションラインを描き、そこに体験、スキル、ネットワークなどをできるだけ細かくたくさん書き込んでいくものです。
このセッションにおいてもなかなか過去の自分について細かく振り返ることのできない参加者もいます。どんな些細なことでも経験、体験を思い出して記入してもらえるよう、ファシリテーターが一人ひとりに声をかけて思い起こすきっかけを与えることがポイントです。ほとんど隙間のないくらいに書き込んでいる参加者がいる場合は、その人のチャートをのぞき込んで参考にするよう促すのがおすすめです。
書き終わったら、LIFE-LINE CHARTを参加者間で発表します。相互で質問しあうことでさらに深く自分のこれまでの歩みを振り返ることができ、自分では気が付かなかった「強み」が見えてくるのです。その強みを生かして「環境変化の中に身を置きながらも、やりたいことを見つけ出す」ことが今後のキャリア形成につながります。「強みを生かす」のは現状の業務範囲にとどまりません。趣味の延長など、やりたいことの実現のために選択肢を広げ、取捨選択する機会を与えることも大切です。すでにキャリアを描いている参加者にはボランティア活動の充実を図ろうとしている方、定年後は農業に従事するため農家の仕事を手伝いながら学んでいる方もいました。こうしてやりたいことが見えてくれば、新たなスキル習得のために自らアンラーニング、「学び直し」の機会も出てくるはずです。
2つ目は、冒頭でお伝えしたように「実際に身をもって最初の一歩を踏み出す体験をする」ことです。そして「一歩踏み出してしまえば何とかなるものだ」という感覚の経験です。
ロープ1本でビルの屋上から降りる体験だけでなく、様々なアクティビティでの体験を通じて「一歩踏み出してみる」気になるのです。例えば、世の中には「一歩踏み出す体験」はバンジージャンプやスカイダイビング、高跳び込みなどがあります。もう少し身近なところでいうならば、ボランティア活動にチームリーダーとして関わってみるなどでしょうか。ここで、ポイントとなるのは、アクティビティ単体を経験しても「キャリア形成」につながらないという点です。「丁寧に振り返る」と「一歩踏み出す体験をする」が合わさってこそ、キャリアに対する意識が醸成されます。参加者の「やりたいことへの一歩はためらうこともあるが、踏み出してさえしまえばそれもまた経験となり、今までの経験と合わさって何とかなるということが分かった」というコメントにも表れているとおり、この点はファシリテーションを通じて強く感じました。
3つ目は、日ごろから上司がしっかり時間を取ってシニア社員の相談に乗ることです。「シニア人材が変化に対応していけるかどうかは、上司のサポートにかかっている」と言っても過言ではありません。上司側にとっても、シニアの相談に乗ることで、「年上部下のこれからの人生を心から気に掛けること」、「組織への貢献と個人の成功とを整合させていくこと」を学ぶよい機会になるでしょう。加えて、キャリア理論の学習、特にコーチングスキルの上達にもつながります。
自らが変化を起こす経験やキャリアを描いた経験が少ないシニア。「人生を振り返り、逆算と積算のバランスをとる」「一歩踏み出す体験をする」「上司が相談に乗る」などキャリアデザインプログラムの経験を通じ、シニアのポテンシャルを最大限に発揮できるように手厚いサポートを行っていく上司や組織・人事のかかわりが重要と言えるでしょう。
この記事が、シニアがこの先、若手のただまぶしいようなキャリア観でなく、いぶし銀のような深みのある輝きを持ったキャリア観を身につけて行動に移していく、そんな手助けになることを願っています。
(Written by Kiyoshi, Coordinator / Producer, Client Success Departemnt)
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