「非日常が日常になってしまった能登の人々は、今何を感じているのだろう。横浜に戻ってからも、そのことが頭から離れません。」
そう話すのは、今回のボランティア活動を社内で起案した稲葉です。
能登の復興は依然として遅れ、地震や火災の爪痕が今も深く残っています。報道されている光景は、あくまで一部に過ぎません。その裏にはさらに大きな被害が広がり、その深刻さを一層感じさせました。震災から8カ月、非日常が日常になってしまっている現実がそこにはありました。
東京ボランティア・市民活動センター主催の取り組みに、当社から5名の社員が参画しました。8月7日から10日までの4日間、能登半島の穴水町を拠点に活動。その中心は、地域の交流と支え合いを促進する「サロン活動」です。公共施設のホールにカフェスペースを設け、地域の方々が集まることができる「場」をつくることが目的のボランティア活動でした。
この取り組みに社員を募って参加した背景には、LITC(Learning In The Communityの略)の存在があります。LITCは当社がグローバルで行ってきた社内施策の一つです。社員が自発的に災害や貧困などの困難を抱えたコミュニティを訪れて支援活動を行い、それを業務時間として会社が認めるというものです。この施策は30年以上続けています。ポイントは、単なるボランティアに留めることない点です。コミュニティの人々と真摯に関わり、そこでの経験から学びを得るところまでがLITC。だからこそ、活動名には「Learning」という単語が含まれています。
今回のLITC活動では、「共感」が学習テーマでした。スタンフォード大学のジャミール・ザキ准教授は、共感を3つの種類に分けています(『スタンフォード大学の共感の授業』より)。それは、情動的共感、同期的共感、そして認知的共感です。情動的共感とは、他人の感情を自分の体験として受け止めることです。同期的共感とは、他者の気持ちの回復を願い、そのために何ができるかを考えることです。そして認知的共感とは、他者の視点に立って、その感情や考えを理解しようとすることです。今回、社員が焦点を当てたのは、この認知的共感でした。
認知的共感に焦点を当てた理由は2つあります。ひとつは、主催者側の意図です。将来的には地域の方々が自らサロン活動を運営できるようにすることが目標です。そのため、ボランティアが中心になるのではなく、地域の方々を支援する立場で関わることが求められました。地域の方々が今何を感じているかを推測し、場を作ることが重要だったのです。
もうひとつは、被災者の心の痛みを完全に理解することが難しいという現実です。被害の受け止め方は人それぞれ異なり、情動的共感だけでは限界があります。震災から8カ月というタイミングと活動内容を考えても、同期的共感は中心になりません。ただし、他者の心を知り得ないという事実は、推測や想像を排除するものではありません。むしろ、知れないからこそ、他者の視点に立つことを思い描かなければならないとも言えるでしょう。
それを顕著に感じたのが、会話の中での言葉選びだったと、参加メンバーは口を揃えて言います。例えば、避難生活の中で生まれた交友関係についてのやりとりの中で「それはよかったですね」と相槌をうったところ、「そう言われてもねぇ」と返ってきたそうです。交友の広がりや深まりという日常であれば喜ばしいことも、被災がキッカケであるがゆえに素直に喜べることではなかったのです。
また、現地の方と安易に約束をしないということも留意しなければならない点でした。ボランティア参加者の中には、相手を喜ばせたくて、「また来るね」や「今度手紙書くね」と言う人がいるそうです。しかし、そうした約束は必ず守られるものではありません。旅先での民宿の方との会話ならいいのでしょう。しかし、被災地の方々は、その約束を心待ちにするというのです。そして、果たされなかった約束に、いわゆる日常を送る側には想像ができないほど傷つかれるそうです。
相手の立場にたつ。使い古された教訓ですが、それを行うことはとても難しい。漠然と場の空気を読むのとは全く違う、個と向き合うための認知的共感。こと苦しみや悩みを抱え、サポートを必要としている人との場面においては欠かせないものです。そして、それが一体どういうことなのかを、社員たちは心に刻んで帰ってきました。
こう書くと、被災地という特殊な場面の話のように感じられるかもしれません。しかし抽象度を上げれば、相手の立場にたつことは仕事のどの場面においても大切なことです。我々の本業である組織・人材開発の領域においても、必要なのは、企画者や参加者への道場ではありません。それぞれの置かれている立場に認知的に共感し、適切な課題を形成し、効果的な解決策を一緒に考えていくことが重要です。
研修の場づくりをし、運営する五十嵐は、今後を見据えながら今回のボランティア活動をこう締めくくりました。「現地での活動を通じて、相手の立場を想像すること、その上で自分が発する言葉を選ぶことの重要性を改めて学びました。より深い認知的共感を持って、クライアントや参加者と向き合っていきたいです。」
ボランティアなどによってコミュニティへのお役立ちをしながら、自分たちの提供価値を高めていくために有用なふるまいを学びとる。今回の活動を経て、参画した5名がどのように成長していくのかが楽しみです。そして、当社は今後もLITC活動を継続してまいります。